毎日やることになっていた空手の稽古でしたが、夏が終わり秋になったころには、仕事もだんだん忙しくなりはじめていました。
他の仕事を持っている生徒も毎日は来れません。
毎日通ってくるのは高校生のみ。
1回に参加する生徒の人数が少なくなるので、先生は稽古日を毎週火・木・土に改めました。
私もその方がよかったのです。
稽古に集中できました。
その頃は夜遅くまでやる営業職だったもので、週3回はやはりきつかったです。
土曜日を含む週2回がやっとでした。
それでも今までの経験から、なるべく営業が終わってからの事務作業を工夫して、稽古に通える時間を作るようにしました。
週2回の稽古は私にとってオアシスでした。
営業で疲弊した精神が稽古をやることによって回復してくるのです。
毎日の数字に追われ、週ごとの点検に追われ、月ごとに出てくるコンピュータの数字に追われている私にとって、救いとなっていました。
稽古時間は夜7時から8時15分迄、稽古後の道場の掃除を終了しても8時30分には帰れる時間帯でした。
といっても用事のある人以外はみんな残っていました。
なぜなら先生の話が面白かったからです。
空手に関してはプロであった先生は、稽古が終わってからも、空手の話をいろいろ話してくれました。
稽古ではやれなかった先生独自の空手の練功法、巻き藁の正しい突き方、今まで信じていた極真の空手の映画のカラクリ。
「みんなの夢を壊すから、あんまり言ってはならないんだけれど。」と言いながらよく裏話を話してくれました。
今思うと、この稽古終了後の時間で、先生の空手の極意を話してくれたようです。
そして1年が過ぎ、また夏が来てニューヨークの生徒たちと一緒に、先生の内弟子の先輩がやってきました。
私たちは忘れていましたが、先生はニューヨークの道場もありましたので、そちらにも指導に行かねばならなかったのです。
故郷の道場を作ったばかりだったので、1年はこちらに集中していたのですが、ニューヨークもほっておけません。
自分がニューヨークに行っている間、日本の道場の指導を任せるため、内弟子の先輩を呼び寄せたのです。
ニューヨークの生徒が帰った後も、1カ月間先生は内弟子のS先輩と一緒に稽古をつけてくれました。
この1カ月間は先生とS先輩の指導準備期間だったようです。
そして、1カ月が過ぎ、先生は「出稼ぎに行ってくる。」と言って、ニューヨークに旅立ちました。
そして、内弟子のS先輩との稽古が始まりました。
続きは、次回に続きます・・・・・・。
私と武道との出会いについて⑥
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