N先生の道場開きが終わってから、ニューヨークの生徒たちはそのまま1週間ほど日本に滞在していました。
私もちょうど夏の時期だったと思うのですが、仕事も余裕があったもので、毎日のように通いました。
やはりニューヨークの生徒たちの組手は迫力がありました。
2m100キロ前後の人達がやっているものでしたから。
私は白帯だったもので、軽く相手をして頂いたのですが、壁を相手にしているようでした。
彼らがニューヨークへ帰る日、みんなで駅へ見送りに行ったのですが、駅にいる人たちは何事が起こったのかわからない顔つきでした。
そして、N先生は日本に残り我々日本の生徒の指導をしてくれることになったわけです。
先生の指導の特徴は一つ一つの動作が大きくゆっくりしていることでした。
極真空手がもとになっているのですが、スピードが違いました。
正に基本から丁寧に教えてもらったのです。
今考えればとても贅沢な時間を過ごさせてもらったものです。
稽古が終わった後先生は私たち生徒に尋ねました。
稽古は毎週何曜日にするか。
月謝はいくらにするか。
ニューヨークでの経験はありますが日本で道場を開くのは初めてなので尋ねたのでしょう。
私たちの極真時代は週2回だったと思いますが、先生は専業です。
結局最初の頃は稽古は月から土まで毎日夜7時から。
月謝は6000円。
極真時代に締めていた帯の色はそのまま占めておいて良しとのこと。
極真から移ってきた生徒と新しく入門した生徒を含め20人くらいだったでしょうか。
新生道場の稽古が始まりました。
とにかく基本から。
ポイントポイントを教えてもらいながら、移動稽古。
そして形(かた)。
最後に組手。
稽古の前後と途中に柔軟体操と休息を兼ねた黙想が随時織り込まれていました。
聞こえるのは皆の返事(押忍・オス)と息遣いと気合のみ。
非常に集中できる無駄のない稽古の進め方でした。
今までの極真の稽古とは違う。
これがプロの空手家の稽古だ。
そう感じたものです。
N先生も確かに迫力のある人でした。
現代にもし侍が生きているとすれば、それが先生でした。
顔も迫力があるし、目も迫力がある。
背は170cmないけど、胸板の分厚いこと。
冷蔵庫のようでした。
つまり、前から見ても横から見ても同じ横幅だったということです。
しかし本物の空手に出会えたことに私の胸は高鳴っておりました。
以下次回へ続きます。・・・・・・・。
私と武道との出会いについて⑤
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